好きよか考察 - 好きにならずにいられてよかった〈番外編〉

私はこれまで本当に「好きにならずにいられてよかった」のだろうか?


好きにならずにいられる理由を探してホッとしている。

好きになられるはずがないから、傷つく前に早々に退散。

ホントはどーでもいい理由にかこつけて。

好きにならずにいられてよかった、恋に落ちてもよかった瞬間。




↑こんなことを延々と書き綴っている私に周りの人がいろんなことを言ってくれます。

「出会いがあるだけいいよ」
「おーしまさんはただ気が多いだけ。誰も傷つけてはいないからイイんじゃない?
「うだうだ言ってないで恋しちゃいなよ!」

そうですね、恋。恋は……僭越ながらいつもしちゃっています; 一方的な、想いですけど。でも本当のところを言うと、そこから、是非とも、恋愛に発展したいものです。というか、接触したり交わりたい

……え?

だってどんっだけ意識を集中して想像しても、ずいぶんと触れていない"人のぬくもり"を想像するのって、すごく難しいんですよね。猫抱きしめて「あったかい……」とかしか言ってないですから、もう何年も。毛だらけです。

あれです。ここ何年かで最も人に密着したのが、病院の検診で何かを測る時に診療台に寝転がってベテラン看護師さん♀に背中越しに寄り掛かった時です。あの時の、腰のあたりに感じた"人のぬくもり"…………尊かった。

ー じぶんとは一体何者なのか?
誰にでも訪れる、人知れず不安で心もとない夜にこそ思い出すのは、あの感覚。何かに繋ぎ留められたかの救済感。「安心」っていうんですかね? ドキドキ≒不安 がつきもの恋とは違って、「安心」=愛 なんでしょうね。……って私は何を言っているんでしょうね。

(あの検診をまた受けたいけど、何を測ったのか何科だったのかも思い出せない……。)

 *

「好きにならずにいられてよかった」とはきっとつまり、"降水確率70%"とか"今後30年以内にマグニチュード7クラスの地震が発生する確率約70%"とか、天気予報や災害の確率だと「こりゃ来るヤバイ備えなきゃ!」と慌てるのに、"今後30年以内に高良健吾クラスの男性と結ばれる確率70%"……もしそう言われても、「ないない。ンなわけな〜い♪」と寝転がってお菓子をかじるだろう私の、そんな"モテ"に対しての想像力の欠如と油断と怠慢に対してのエクスキューズ・言い訳なわけです。

では、自分に自信をつけて、少なくとも外見だけでも? なんとか努力して、気になる男性に飛び込んでみればいい。でもそれをしない。恋愛に興味がないならまだしも、隠すまでもなく全然そんなんじゃないし、生物的にも生殖本能が最近じゃブワァーっと押し寄せてきて自制が効かず、「種の保存」力ってマジ凄まじいなと引いてさえいます。まさに利己的遺伝子! 自分が自分じゃない感。今になって中学生男子の気持ちが分かる遅咲きのシンパシー。

結局のところ「遺伝子の箱船」であることを受容して、でも私のその船難破して漂流してるっぽく、せめてでは「ミーム(ヒトからヒトへ伝播する心の情報=意伝子)の箱船」の漕ぎ手としてこの生を謳歌しようと思っているところの私であります。どうしたって、誰に頼まれるでもなく、書き遺してしまう性分です。それが願わくば誰かの心に届けばと、そして"じーん"とか"クスッ"としてもらえたなら、私という生は生まれてきた意味があります。

 *

ある時、そんな気にさせてくれるような、なんだかいつも私をふわふわとした気持ちにさせてくれる男性がいました。風船を膨らますみたいに、嬉しい言葉をフーフーと私に吹き込んで、けらけら笑う。

「え。何スか大島さん今の顔〜。だはは」
そんなに変な顔してた? ただ、考え事をしていただけなんですけど。

「ちょっと待ってくださいよ、何スかその食べ方。くくく。そういうところですよ、大島さん」
 "そういうところ"って……。私がチョコをつまんだだけでそんなに可笑しいかい。

こそばゆさでまーるく膨らんだ私は、彼の頭の上をぷかりと浮かんで、でもはたと針でその球体をパァンと割ってしまうのでした。だってこれは……これはきっと、彼はそういうのじゃない。私のことを恋愛対象としてヘリウム注入してきてるんじゃ、ないと。

だからその人のどんな笑顔も、言葉も、私は胸の奥にある風船の口のところをギュッと絞っていなきゃならない。でなければ自分で重しになって飛んでかないようにしないと。

だってうっかり膨らんで飛んでいっても、その紐を手を延ばして掴んでくれるのはきっとその人じゃない。それはなぜだかくっきりとわかる。

私が彼と関わるということは、常にそうした「バカバカ! 浮かれるな私。この人は私のことそういうのじゃないから!」という浮遊と自戒の繰り返しだったのです。恐るべしMr.ヘリウム。
好きにならずにいられてよかった……?

そんな折、月9ドラマで、心の悩みを抱えた主人公がカウンセラーに好意や恋心を抱いてしまって、でもそれは"陽性転移"といって本物の恋愛感情ではなくて一時的なものなのよーと恋のライバル的立ち位置の女性に教えられていて、じゃぁ私は日々、出会った異性に陽性転移しかけて自粛しているのだなと。その行為がある意味「好きにならずにいられてよかった」なのだと一部合点した月曜の夜がありました。

 *

ではその現象と本物の恋とはどう違うのか。

 "私が好きな、私を好きな人"と出会えるまで、引き続きこれまでと同様に好きになりかけていくしかないかなと。好きになりかける時の好きはいつも本物だったと思うのです。

なので今は、たとえ「好きにならずにいられなくてメッチャ最悪だった」としても、 いざ「いられなくなる」までとヤーレンソーラン "漕いで"ゆかむ……! な心持ちです。その先に漂着するのが本当の"恋で"あったなら。

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次回、「男の子と違う女の子って好きと嫌いだけで普通がないの♪ (魔法の天使「クリィミーマミ」主題歌より)だろか?」につづく……。

ミームの箱船|大島智衣

〜ミーム(意伝子)の箱船を漕いでいく〜 脚本家、エッセイ・コラムニスト 大島智衣のwebサイト