あぁ、無情 〜パンを盗まれた側の物語〜

レ・ミゼラブル』のジャン・ヴァルジャンといえば、たった一切れのパンを盗んだために19年もの投獄生活を送ることになったが、これから綴るのは、とある「パンを盗まれた側」の物語である。


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ある日曜の午後、友人の結婚式の2次会に参加した。


幸せそうな新郎新婦、ビュッフェ。
大好きな仲間、ビュッフェ。
楽しい余興、ご両親からのお手紙、豪華プレゼント付クイズ「ふたりの初キスはどこで!?」、ビュッフェ。


……おめでとう!


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そしてホロ酔いの帰り道、私は一つの箱を抱えていた。


披露宴に出席した友人から「食べきれないから貰ってくれない?」と譲り受けた引き出物。高級そうなオレンジ色の箱に入った、人気店のデニッシュ食パン。
断る理由もなく手放しに喜び、家に帰ってそれをムシャムシャ食べるのを想像し楽しみにした。

そうして電車に乗り、箱を網棚に乗せて昏睡とうつらうつらを繰り返して小一時間後、ようやく下車駅に着いて、(おっと、パンを忘れないようにね)と見上げたそこには、網棚には、パンの姿はどこにもなかった!


盗まれた! パンを……!!

 

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京浜東北線の車内に現れた平成のジャン・バルジャンに言いたい。


「たった一切れのパン」と御前は思うかもしれない。金めのものではないかもしれない。だけど、結婚式の引き出物を盗るなんて御前はひどい。


それになにより、御前はジャン・バルジャンなんかじゃないね。
彼が盗んだのは、飢えた子に食べさせるための「ひと欠片のパン」だったけど、
御前はね、御前はあのパンの入ったオレンジ色の箱を、エルメスの箱だと思ったね? 見た目ソックリな高級ブランドの!


「あ、エルメスだ。持ち主が寝てる隙に持ってっちゃえ。わーい」


なんて罪深いんだろう御前は。そしてなんて愚かであろう。
だがその報いは箱を開けた時に受けるがいい。

 

……でもそのパン、おいしいんだよな。あーぁ、無情。

 

ミームの箱船|大島智衣

〜ミーム(意伝子)の箱船を漕いでいく〜 脚本家、エッセイ・コラムニスト 大島智衣のwebサイト